神戸地方裁判所 昭和29年(行)12号 判決 1956年7月13日
原告 株式会社 屋満五
被告 三木税務署長
訴訟代理人 辻本勇
主文
被告が、昭和二十六年九月一日より昭和二十七年八月三十一日迄の事業年度分法人税につき原告に対してなした更正決定に関し、大阪国税局長の審査決定により変更された所得金五十九万九千九百円同税額二十五万一千九百五十円は所得金額四十九万五千九百円及びこれにより算定した税額を超える部分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は、洋服類(各種織物)仕立販売業兼服装雑貨及び家庭用雑貨品販売業を営む資本金六十万円の会社であるが、被告に対し、昭和二十六年九月一日以降昭和二十七年八月三十一日迄の事業年度所得金額を金四十七万九千二百四十三円、同法人税額を金二十万八千二百七十円なる旨申告したところ、被告は、昭和二十八年二月末日付をもつて、同所得金額を金六十四万五千九百円、法人税額を金二十七万千二百七十円とせる更正処分をなし、その旨通知をうけた原告は、これを不服として、同年三月三十一日被告に対し、再調査請求をなしたが、同年七月四日付で右請求を棄却する旨の決定がなされ、その通知をうけた。
そこで更に原告は、同年七月十三日訴外大阪国税局長に対し審査請求をなしたところ、同局長は、昭和二十九年四月一日付で右更正処分の一部を取消して、所得金額を五十九万九千九百円、法人税額を金二十五万一千九百五十円なる旨訂正し、原告はその通知をうけた。
(二) 原告の前記申告所得金額は、別表(1) の賞与支給額及び別表(2) の給料支給額の合算額並びに市町村民税金一万六千六百五十七円を夫々損金として必要経費に計上し損益計算した当期利益金であるが、被告は本件更正処分の事由として、右賞与額中訴外光川五一、同光川太平、同光川しずゑ、同光川ひろ子に各支給した賞与合計金七万六千円を原告の利益処分金とし、且つ、右給料中光川しずゑに支給した年間合計金十一万八千円のうち金二万八千円を不相当として計算否認をなし、夫々これを利益金に加算して法人課税の対象としたものである。
(三) 然し乍ら、右更正処分は、賞与の解釈を誤り、且つ給料額を不当に低く見積つた違法な行政処分である。
即ち、前記光川五一外三名は夫々原告会社の役員たる資格と労務提供者として従業員たる地位を兼務し光川五一は仕入部長として会社経営の主導的地位にあり、商品の仕入部門全般の労務に、光川太平は販売員として商品の販売部門の労務に、光川しずゑは販売部長として各種スタイルに対する用布の見積、各級年令者に対する用布見立、顧客の応接等の労務に、光川ひろ子は仕入係員として仕入部門中仕入商品の整備等の労務に夫々従事している。
従つて同人等に支給した本件賞与は所謂使用人賞与であつて、別表(2) の如き低賃金を補給する性格を有し、戦後、夏季手当越年資金と呼称されるものと同種のもので、利益処分金たる役員賞与と区別されなければならない。よつて右賞与は損金に算入すべきである。
次に光川しず子の給与額は、別表(2) 掲記どおりであるが、同人は洋裁技能修得者であり、且つ繊維製品小売販売の業務に約二十余年間従事し、原告会社にとつて販売面における中心的存在であつて、同社が三木町の如き小都市で年間売上総額金千二百余万円を確保し多大の利益率をあげているのは同人の献身的努力の賜である。従つて同人に対する右給与額は未だ過少な位である。他面被告は本件給与額否認の理由として効率調査による平均人件費の算定金額を重視しているが、同調査は、各企業の規模及びこれに従事する使用人の質量の相違によりその結論を異にし、企業経営が合理的に行われているかどうかの的確な判定基準と謂い難い。殊に、原告会社の年間売上総額は金千二百二十二万円でその売上利益率は他の商社(百貨店等)と比較して高率であり、このことは原告会社の売上高に対する経費特に人件費の割安であることを示すものであり、右各事実を併考すれば前記光川しずゑの給与額は相当である。
よつて、前記更正処分中原告の前記申告所得金額及び市町村民税を課税対象額に加算した所得金額四十九万五千九百円及び同税額を超過する部分の取消を求めるため本訴に及んだ。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一) 原告主張の請求原因(一)及び(二)の事実はこれを認める。
(二) 原告会社は、発行済株式総数一万二千株中四五、八%(五千五百株)を占める株式を光川五一外五名の同族株主が所有する昭和二十九年三月三十一日法律第三十八号による改正前法人税法第七条の二所定の同族会社であり、その主張する損金額を次の理由により否認して、本件更正処分をなしたものであるから、該処分は適法である。即ち、
(イ) 元来賞与は、法人の業績が良好なる場合に従業員の努力に報ゆるため支給されるもので、特に本件の如く会社役員である光川五一外三名に支給された賞与の如きは、純然たる使用人賞与とは異り、給料の補足的意味はなく、本来株主に属すべき利益金を株主の意思に基き役員に対し報酬額以外に謝礼の意味で支給されるものであつて、その性格は配当金と同じく利益剰余金の処分事項に属する支出であり、これは制度的慣行として課税の対象になるのである。尤も、役員兼使用人たる地位を有するものに対し、使用人賞与として会計上明確に区分されて支給されたものは、損金と看做される場合があり得るけれども、前記四名の者は、何れも親族関係にあつて会社設立当時より引続き役員たる地位を保有していたもので、自ら自己を雇傭するというのは観念論に過ぎず、現実にあり得ぬから、同人等に支給された賞与は到底損金に該当する使用人賞与と謂えない。
(ロ) 原告会社の所在する三木市の人口は三万八千四百四十五人(市制実施日である昭和二十九年六月十七日当時〕であるから、国税庁法人税課作成による、人口五万人未満の町村に所在する洋品雑貨小売店(平均資本金六十八万三千円)を対象とした効率調査表の年間一人当り平均人件費は金九万五千円であり、その六名分(原告主張の従業員数)合計金五十七万円が、原告会社の規模及び業態に担当する人件費の標準額であるに反し、原告主張の申告人件費は、金六十八万五百円で本件係争金額以上に上廻るもので、このように経費が過大に支出されることは、原告会社の異状な規模又は非合理的経営を如実に示すものである。右効率調査は、国税庁が調査時期を定めて営業種目を指定し、各国税局で調査したもののうち標準となる業態の法人税調査事績を収集して同一業種に共通する事項を抽出し、その従業員の構成比率を加味して経営財務の諸分析の基礎的計数に基き算出されたもので、その指数は適正規模における経費を表示するものであつて、大阪国税局法人税課か、同管内における人口五万人未満の都市における原告と同種又は類似業態の法人につき給与支給額を調査した結果、その一人当りの年間平均給与額は金九万九千四百六円で、損金否認額を控除すれば、適正給与額は金九万八千九十円となり、右効率調査と殆んど一致する。原告会社における従業員一人当りの給与額は年間金十一万三千四百十七円の高額であり、同社の女店員二名(別表(2) 記載小林映子以下の欄)は、その営業規模より相当であるが、爾余の四名は人員過剰でその員数又は給与額を減じなければ合理的経営がなりたゝぬところ、右四名中、光川ひろ子(太平の妻)と同様、家事の雑務を有する光川しずゑ(五一の妻)の給与は、役員報酬であつて、その勤務成績如何に拘らず、原告会社の規模及び営業内容に照し妥当と認められる範囲で決めなければならぬところ、その金額は別表(2) 記載の如く前記効率調査の結果と対比して不当に高額であり、仮りに従業員給与と解しても前記光川ひろ子の給与額と比較して多額に失するから、これを全額損金に計上することにより、原告会社の利益を著しく減少せしめているので、その一部である金二万八千円につき計算否認をなしたものである。
なお、原告会社の当期売上高は原告主張どおりであるが、同社は、固定設備としての資本を有せず資本金が過少に表示されているので、その売上利益率が比較的高いのであるが、これを百貨店の如く広告費、設備の償却費等の支出が嵩み、且つ信用取引を通常とする商社と対比して経費の割安を主張するのは当を得ない。
以上のように、被告が、原告主張の損金を夫々法人税賦課の対象としたことは正当な根拠に基くものであるから、本件更正処分の取消を求める本訴請求は失当である。
<立証 省略>
理由
原告主張の請求原因(一)及び(二)の事実は当事者間に争いなく、原告会社が被告の主張するような内容の同族会社であることは原告において明かに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。
そこで、被告のなした本件更正処分による損金否認が適法であるか否かにつき順次判断する。
先ず、被告は、原告会社が光川五一、同太平、同しづゑ、同ひろ子に各支給した賞与合計金七万六千円は、いずれも役員賞与に該当するから、利益処分金として法人課税の対象となる旨主張し、原告において、右は従業員賞与であるから損金として所得金額より控除さるべきである旨争う。成立に争いのない乙第一号証の原告会社定款第二十四条の記載によれば、同杜の役員賞与は、毎期の総益金より総損金及び繰越損益金を加減した剰余金の百分の十以内において支給する旨明規され、同条に基いて支給された賞与は、会計学上、株主配当金と同様に純益金処分として法人税の賦課対象になることは論ずるまでもなく、成立に争いのない乙第二号証によれば、本件事業年度中、光川五一は、原告会社の代表取締役に、光川しづゑ、同太平は同社の取締役に、光川ひろ子は、同社の監査役に夫々就任していたことが認められるけれども同人等に支給された本件賞与が、右定款所定の純益金中より役員賞与として支給されたとの点についてはこれを認めるに足る証拠がなく、却つて、証人光川しづゑの証言及び原告会社代表者本人の供述によれば、右当時、原告会社において、光川五一は、仕入部長兼会計主任として商品の仕入取引及び計理事務全般の労務を担当し、光川しづゑは、販売部長兼販売主任として商品の販売取引全般及び特に婦人子供服の販売面を直接担当し、光川太平は、販売係員として右しづゑを補助として販売面の労務に従事し、光川ひろ子は、仕入係員として、仕入商品の整備、店頭陳列及びこれに伴う雑務に従事し、右四名のものは、夫々、原告会社と名実共に雇傭関係にあつて、別表(2) 記載のとおり、他の女店員と同様、各自労務提供の対価として給与の支給をうけ、何れも役員たる地位と併せ使用人たる資格を兼有していたこと、及び、右賞与は夏季及び年末に二分され、代表取締役であつた光川五一が、株主総会の決議を経ずして、その職務権限の範囲内において、会社の利益金の多寡と関係なく、各人の給与額を基準として稍同率の割合で算定支給していたこと、更に、当時、原告会社の監査役に就任していた訴外北井正美は、事実上使用人として原告会社の労務に従事していなかつたため、前記賞与の支給をうけなかつたことがそれぞれ認められ、敍上の事実と、前記乙第一号証及び原告会社代表者本人の供述によつて認められる。原告会社の営業年度は一年間であり同年度毎に支払われるべき役員賞与は会社設立以来現在迄支払われた形跡がないことを併考すれば、本件賞与は、会社の業績が高揚した場合にその利益金の割合に応じて、営業年度毎に支給される役員賞与ではなく、物価高による実質給与の低下を調整し、これを補足する意味で支給された所謂使用人賞与であると解するのが相当であつて、他に、特段の事情の認められない以上同賞与を損金に該当するものと認める外はないから、これを利益処分金と誤認して、法人税賦課の対象とした右更正処分は違法である。
次に、被告は、光川しづゑの年間給与額金十一万八千円のうち否認額金二万八千円は、原告会社の異常な規模及び非合理的経営を示す過大な支出であり、同金額を損金として、当期利益金より控除することは、原告会社の利益を不当に減少せしめるものであるから、損金計算を右のように否認した旨主張し、原告において、これを争うので、その当否につき判断する。
原告会社の従業員数は六名であり、その申告人件費総額は金六十八万五百円であることは当事者間に争いなく、右金額に基き一人当り年間人件費を算定すれば、平均金十一万三千四百十七円となることは計数上明白である。そして成立に争いのない乙第三号証乃至第二十三号証及び証人竹内弘行の証言により成立を認め得る乙第二十九号証の一、二、五並びに同証人の証言を綜合すれば、国税庁法人税課においては、共通業種業態の法人につき、その財務及び経理を分析して統計的に効率調査表を作成していること、該調査表は、一応会社経理上の収支の平均的基準指数を示して、税務官吏の敏速的確なる課税事務処理の資料とされ、申告書記載内容の不合理な箇所を発見調査する手段として活用されていること、昭和二十六年一月以降昭和二十七年三月迄を標準算定期間とする人口五万人未満の町村所在、洋品雑貨小売店(平均資本金六十八万三千円)につきなされた。右同庁の効率調査によれば、収入に対する人件費比率は五、一%で従業員一人当り平均年間給与額は金九万五千円であり、これに原告会社の従業員数を乗ずると総額金五十七万円となること、大阪国税局法人税課において前記同様方法により調査した結果も、従業員一人当りの年間平均給与額は金九万八千九十円で、その平均従業員数は約五・七人であり、その総額は金五十六万八千十三円となつて右効率調査表の指数と稍合致していることが夫々認められ、右各指数と原告会社の申告人件費を対比すれば、原告会社の人件費が被告主張のように割高であることが一応認められるけれども、前記各調査は、あくまで申告納税制度の適正を期するため、会社経理の各勘定科目の不合理点を、他の調査素材と相侯つてこれを究明する一資料に過ぎないもので効率調査の結果を上廻る必要経費をもつて、直ちに不当支出と即断できないところ、光川しづゑに支給された給与は、役員報酬ではなくて、従業員給与であること前記認定の如くであり、その給与額算定に当つては、会社の規模、営業内容と併せ、従業員の年令、経験、地位、能力等に基き、当該労務提供の質的量的内容を綜合して、労働力の価値乃至価格を決定すべきものであつて、前示の如く、光川しづゑは、原告会社の販売部長兼同主任の地位にあり、証人光川しづゑの証言及び原告会社代表者本人の供述によれば、光川しづゑは、洋裁技能修得者であり、且つ過去において約二十年間呉服品販売の経験を有し、毎日午前九時より午後五時迄原告会社に勤務して、販売部門全般に亘り、販売係員三名を監督指導し、特に、婦人小供服の販売については、客の応接、年令別による柄、寸法の見立、同仕立品価格の見積等を直接担当していることが認められ、右事実と、前示原告会社の規模、営業内容、及び当事者間に争いなき、原告会社の売上高と別表(2) 記載の光川五一、同太平の給与額とを対比斟酌して考察すれば、光川しづゑの給与額は、原告の申告に係る金十一万八千円をもつて過当なものと解せられない。
尤も、被告主張の如く、右しづゑは、光川ひろ子と同じく家事の雑務を有し、両名の給与額は別表(2) の如く格段の差があるけれども、右両名は、前示のように職務上の地位及び労務提供の態様を異にしているのであるから、単にしづゑの給与額が比較的高額であるとの理由で同人の給与額が過当であるとは謂い難い。
以上の次第で、前記賞与額金七万六千円及び給与否認額金二万八千円は、いずれも、原告会社の当期所得金額より損金として控除すべきであるに拘らず、これを右所得金額に算入して、法人税賦課の対象とした本件更正処分は、所得金額金四十九万五千円及び同金額より算出した税額を超過する部分につき違法であり、その取消を求める本訴請求は、正当として、これを認容すべきであ
るから、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上喜夫 谷口照雄 大西一夫)
別表(1) 賞与支給額明細表
氏名
昭和26年12月分
賞与額
昭和27年8月分
賞与額
備考
光川五一
¥16,000,00
¥16,000,00
光川太平
〃10,000,00
〃10,000,00
光川しづゑ
〃8,000,00
〃9,000,00
光川ひろ子
〃3,000,00
〃4,000,00
小林映子
〃2,000,00
昭和27年2月退店
畑照子
〃2,000,00
〃2,300,00
吉田千賀子
〃1,200,00
昭和27年4月入店
合計 ¥41,000,00 合計 ¥42,500,00
総計 ¥83,500,00
別表(2) 給料支給明細表
氏名
昭和26年9月
以降
昭和27年1月
以降
昭和27年7月
以降
年間合計
備考
光川五一
¥18,000,00
¥19,000,00
¥20,000,00
¥226,000,00
光川太平
〃12,000,00
〃13,000,00
〃13,000,00
〃152,000,00
光川しづゑ
〃9,000,00
〃10,000,00
〃11,000,00
〃118,000,00
光川ひろ子
〃3,000,00
〃4,000,00
〃5,000,00
〃46,000,00
小林映子
〃2,500,00
〃3,000,00
〃1,600,00
昭和27年
2月退店
畑照子
〃2,000,00
〃2,500,00
〃2,800,00
〃28,600,00
吉田千賀子
(昭和27年4月以降)
2,000,00
〃2,200,00
〃10,400,00
昭和27年
4月入店
計 ¥597,000,00